スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

旦那まじ聖処女厨

龍ちゃん
※原作


穴を掘る男がいた。

夢の中で、気がつくといつも、鼻につく妙な臭いに顔をしかめながら男の背中を眺めている。
男はこちらなど見向きもしないで、まだ微かに煙をあげている木の燃えカスの下でひたすらに乾いた土をひっくり返していた。
気まぐれに覗きこんだ男の顔はどこかで見たような、とてもよく知っているような、誰かに似ていた。
黒く煤けたそれは元はといえば十字になるように組まれていたらしい。それを見て、これはいつか見た夢の続きなのだと気づいた。
だとしたらこれは十字架で、あのとき繋がれていた少女は裁かれてしまったのだろう。
男は、焼け焦げた地面に爪をたて続けている。まだ熱さの残っているだろう土を掘り返しては、抱きしめて、手のひらから溢しては、また。少女の残骸をかき集めるように。
血に濡れた指先に握った少女に唇を寄せながら、神よ、といつかのように男は泣いた。

空に吼える男の泣き顔を、とてもよく知っているような気がした。

ままならない

旧剣にょ切


「ちんこが欲しい」

ほう、と悩ましげなため息をついたキリツグのことを僕は馬鹿だなって思う。
放課後の図書室はつい先日試験が終わったばかりだからか知らないが僕ら以外に利用者は居なくて、さっきまでカウンターのところで暇をもて余していた図書委員は用事だかで席を外したところだ。
日当たりのいい机に数学の教科書を広げて、僕はキリツグに勉強を教えてもらっていた。
手元のノートにはちんぷんかんぷんな数字の羅列があって、その下に赤ペンで雑に書かれた公式がなければそれが数式だって僕にはわからない。首をひねる僕にわかりやすいように解説をしてくれていたキリツグは、ほう、と一息ついでにちんこが欲しいと呟いた。

「僕のがあるじゃん」

僕はキリツグのこと勉強できるくせに馬鹿だなって思ったけど、それは僕も大概だ。
握っていたシャーペンをくるくると回しながらなんでもないように聞こえるように言った僕に、キリツグはふん、と鼻を鳴らし、まるで聞き分けのない子どもに言い聞かせるような仕草で手の中の赤ペンをニ、三回揺らした。

「君にあったところで僕になきゃなんの意味もないじゃないか」
「僕と結婚できるよ」
「僕がかい?」
「そう、僕とキリツグ」
「僕はアイリと結婚したいんだ」

僕を見ないまま、だけど迷いなく溢されたそれが一体どれだけ酷いものなのか、きっとキリツグはわかってない。
窓から差し込んでくる赤い陽がキリツグの顔を照らして、低めの鼻だとか、実は見た目より長いまつげだとか、うっそりとした影を作る。
吐かれた言葉に傷付くよりもまず先に、ほんのりと、夕日とは違うピンクに色付いた頬に見惚れてしまうくらいには、僕は誰が思うより、自分が思っていたよりも、もっとずっとキリツグのことが好きだ。

――ねえ知ってた?

クレオパトラの鼻があともう少しでも低かったら、歴史は変わってたっていう。
例えばキリツグにちんこが生えていて、なんの問題もなくアイリと結ばれることができる世界では、キリツグがアイリが好きだって泣くこともなくて、そこでは僕はきらきら光るあの涙を拭うこともないのだ。
シャーペンを机に落とした音にこっちに目を向けたキリツグに手を伸ばす。
僕がそうやって触れたがるのはもういつものことで、慣れた顔して逃げないキリツグの目じりをそっとなぞった。僕が初めてキリツグに触れた場所。あの時と違って乾いているけど柔らかさは変わっていない。
じわりと胸がさざめいて、切ないってこういうことかななんて考えた。
爪先でくすぐった肌の弱さを知らない世界の僕は、あの日優しく親指に乗せた焦げるような熱さを知らない世界で僕は、これ以上誰かを愛したりできるのだろうか。
そんなもしもの想像は、激しい夕焼けに目を奪われる痛みに似ているような気がした。

飲み下せない宝石

ロ凛ちゃん


お兄さまが金魚になった。
何を言っているのかわからないかもしれないけれど、そうとしか考えられないのだ。
その証拠に今朝家の玄関のフローリングの上ではくはくと浅い呼吸をしていた金魚は光が透き通る隙間もないほど真っ赤な色で、それはお兄さまが一番好きな色だ。目も、お兄さまのと同じ海の深いところの色。尾びれは大きく、触れたら破いてしまいそうなほど繊細で。
それから水の中じゃなくてもしかしたら死んじゃうかもしれない床に寝そべっているなんて、おっちょこちょいなところもお兄さまにそっくりだ。
ぱくぱくと苦しげに口を動かす金魚を私はてのひらでを掬い上げて、一昨年の夏祭りの名残が残る金魚鉢を物置から引っ張り出して水を貯める間にもうすでに半分乾いてしまっているこの小さな金魚が干からびないように紅茶のカップに水を張り、その中にぽちょんと落とした。
水で満たされただけの金魚鉢はひどく殺風景だったから、お兄さまの目と金魚の目と同じ色をしたビー玉をいくつか入れた。
無機質なそこに金魚を放す。
せまい鉢の中をそれでも大きなからだをくゆらせる姿は優雅で、どこか夢みたいに見えた。
水面に指をつけると、金魚は鉢の底からすい、と浮いてきて、私の指先にそっとキスをした。
それから何日か過ぎた。
ある日いつものように金魚鉢に近づくと、金魚は半身を水面から覗かせふよふよと浮いていた。
ひらひらと美しく揺れていた薄い尾びれをぴくりともさせず、宝石のようだった青い目も、底に沈めたビー玉と同じ濁ってぼやけた水色に変わっていた。

龍ちゃんが人殺しをするはなし

キャス龍
※原作


芸術もなにもあったもんじゃない、ただの殺しをした。

「夢を見たんだ」

俺の子が殺される夢。
ただナイフでめった刺しにされてゴミに成りはてた可愛い子。俺だったらきっと、最高のアートにしてあげられたのにって思ったら腹が立って悔しくて許せなくて、それで。
もう聞こえてないね。
目の前に転がる子どもだったものは、詰まっていた血という血を全部溢したその中でぼんやりと唯一血まみれにならなかった青白い歯を光らせていた。
ひどいな、と思った。これは姉ちゃんより、一番最初の作品より、ひどい出来だ。
そう考えてからいやいやと頭を振る。髪を濡らしていた血が辺りに飛び散った。
姉ちゃんは最高だった。なんてったって家族 だ。拙いなりに手を尽くしたアートは結局、後に作ったどれよりも完成されていた。
そうだ家族だ。
目の前の黒ずみ始めた肉塊に、ごめんね、と呟いた。

「君が俺の子だったら、うんとCOOLなアートにしてあげられたのにね」

ふと後ろから名前を呼ばれた。出掛けていた旦那がいつのまにか帰ってきたらしい。
そして俺の隣に立った旦那は目の前のものを見てもなにも言わなかった。
下から覗いてもわかる飛び出た目玉と、その下にある一線に結ばれたままの唇を一度だけ見上げて、すぐに目線を下げた。
怒っているだろうか。だって、ああ。ああ、そうだ、この子は旦那の大切なとくしんのいけにえ。

「だんなあ、ごめんね、無駄にしちゃった」
「…ああリュウノスケ」

旦那はまるでジャンヌちゃん?が殺されたようなひどく悲しげな顔をして、まったく嘆かわしい、と喉を震わせた。
辛うじて形の残っていた子どもの頭を一握りで潰した旦那は、そのまま地べたに座り込む俺の顔を包み込んで上を向かせた。

「貴方の子となれば、それは私の子でもあるのですよ」

零れそうなほど大きな目を血管の透ける薄いまぶたに危なげなく納めた旦那は、そこに情けなくしょぼくれた俺を写し込みながらそれでも微笑んでいた。
べっとりと生暖かい感覚がどうにもいとおしく感じて、旦那のてのひらに頬を擦り付けた。

「いやだなあ、全部見てたの旦那」

照れ笑いそう言うと、目からは涙のひとつがぽろりと落ちた。

旦那は意外と簡単に死ぬ

1号2号


朝早くに出掛けて行ったリュウノスケが半刻もしないうちに近所のスーパーの袋をぶら下げて帰ってきてから、キッチンでは何か金属と金属が擦り合う音と妙に上機嫌な鼻歌が響き渡った。
そしてそれらは大して広いわけでもないこのアパートの一室では当然のようにジルのいる部屋まで届いてくる。
はて、とジルはパソコンから目を外し首を傾げた。聞いたところによるとリュウノスケは自分といるときはそうでもないようだが、基本的に感情の起伏が平坦らしいのだ。そんな彼ががここまで上機嫌を表すのは珍しいのではないか。
部屋を出ると甘い匂いが鼻孔をくすぐった。それを辿りながらキッチンまで行き、楽しげに揺れるリュウノスケの背中に声をかけた。

「何をしているのですか」
「ん、なんか急にね、甘いもの食べたくなっちゃって」

振り向いたリュウノスケが差し出してきたボウルの中を覗いてみると、山盛りの生クリームが程よく角を立たせてそこにいた。
微かにわかるくらいだった甘い匂いが一気に濃くなって、旦那も食べる?と聞いてきたリュウノスケに慌てて強く首を振る。

「匂いだけで胸が焼けてしまいそうです」

クリームをすくった指を差し出され、思いきり顔をしかめた私に大げさだなあ、と気分を害した様子もなく言うリュウノスケは、まさかこれをそのまま食べるつもりなのだろうか。
想像しただけで胃が痛くなった気がした。

「旦那を殺すのに刃物はいらないね、砂糖とバターで十分だ」

バターもいらないかもしれない。

リュウノスケが笑い、それから指に乗せた生クリームを舐めとったときにちらりと見えた真っ赤な舌はまるで極悪の凶器のようで。
私は、きっといつか、この子に殺されるのだろう。
がらんどうの胸を内側から満たして潰すような、濃くて重ったるい、甘く香るその笑顔で。

この夏最後に残った蝉が、ようやっと鳴くのを止めた日のことだった。
前の記事へ 次の記事へ