すみません。続きます。ドフラミンゴの誕生日話です。
今日が何の日なのか。
それをクロコダイルは知っていた。意欲的に知ろうとした訳ではなく、勝手に、強制的に入ってきたその情報は、予想外に思考の大半を占めてしまっている。
仕事が全く手がつかないだとか、食欲がわかないだとか流石にそんな事はなかったが、何をしていても少し気が緩むとそのいらない情報が頭に過ぎるのだから本当に鬱陶しい。自分のペースを乱されるのは嫌いだ。死ぬ程
大嫌いだ。
諸悪の根源である人物の姿を思い浮かべ怒りが沸々と煮えたぎる。あの女をぶっ殺そう!と思ったが、今彼女に死なれて困るのは自分自身だ。なのでそれはできない。
ならせめて減給してボーナスカットでもしてやろうかと考えたが、そんな事をしては小さな男だと思われてしまいそうなのでそれもできない。
結論。何もできず我慢するしかない。結果ストレスが増加しただけで、クロコダイルは苛立ちから叫びそうになった。
馬鹿馬鹿しい。何をくだらない事で引っ掻き回されているのだろう。溜息を吐いてから正常な思考を取り戻すため、先ずは一服しようとヒュミドールに手を伸ばす。そして中から愛用している葉巻を取り出そうとしたまさにその時、控えめなようでしっかりと主張する音が室内に響いた。
貴重な安らぎのひと時を邪魔する来訪者に思わず舌打ちするが、扉の向こうの気配から相手を察すると仕方なく入室を許可する。不機嫌だという事を全く隠していない声でだが。
「入れ」
「失礼します。あら、お邪魔だったかしら」
入ってきた女は想像通り書類を抱えていた。これに用があったから部屋に入れたのだ。そうじゃないのなら今こいつの顔は見たくなかった。
何故なら余計な情報を吹き込み自分を苛立たせていたのはこの女、ニコ・ロビンだったからである。そしてその苛立ちは絶賛進行中でもある。
事業に関する書類だけ受け取ったらさっさと追い出そう。余計な会話はするまい。そう思い返答はせず鋭い視線で睨んでみせたのだがそれがいけなかった。
こんな事で怯むような相手ではないと分かっていた筈なのに何故こんな対処をしてしまったのかと今更後悔しても遅い。
「まあ怖い。何をそんなに怒っているの?」
「さっさと消えろ」
「ごめんなさい。貴方がそんなに傷つくなんて思ってなかったのよ」
全く怖がっていないであろうその声色と態度に立腹しながらも激昂したりせず、静かに退出を促した。なのに、だ。こいつは爆弾を落としやがった。一体いつ誰が傷ついたというのか。あまりの馬鹿らしさに絶句していると女はさらに爆弾を投下し続けたのである。まさかの連続砲撃だった。
「大切なお友達の誕生日を私だけ知っていた事がショックだったのよね。まさかサーが知らないだなんて思ってもみなかったものだから。本当にごめんなさい」
誰が傷ついている?誰が大切なお友達だと?
寧ろ的外れで屈辱的なその言葉にショックを受けたと言ってやりたい。
この女は口が達者だ。負ける気はしないが正直口だけで圧勝できる自信もない。相手を追い詰める発言をする前にこちらの精神的ダメージも膨大に蓄積してしまう。やっぱり殺すか――クロコダイルがそう決断した時にはもうそこにロビンの姿はなかった。
デスクの上には書類の束がしっかりと積まれている。それを見て冷静さを取り戻したクロコダイルは本当に一体何をこんなに振り回されているのだろうと、先程より深い溜息を吐いたのだった。
アラバスタには度々ピンクの怪鳥が訪れる。そいつを持てなしてやった事は一度もなかった。あいつが中身のない話を一人でベラベラと喋り続ける中、ろくに返事をする事なく書類を片付ける。相手にしていない事は明白なのに、何が楽しいのか男は此処を訪れる事を止めなかった。
その都度、海賊なら喜んで飛びつくであろうハイグレードな指輪を持参してくるのだが、それをクロコダイルが受け取った事は一度もない。
正確には一度受け取ってやってから相手の目の前でそれを砂にする。嘘臭い愛の言葉を囁いてくる、迷惑で目障りな男に対する囁かな嫌がらせのつもりで。
いくら金に困る事がない奴だといってもこれだけ値のはる石を毎度毎度ゴミと化されたのなら、あの馬鹿でも多少は堪えるのではないか。このお遊びに飽きて余所に行ってくれやしないだろうか。そう考えていた。いや、そう考えていた頃もあった。
それにもめげずに砂漠へ訪れる男に、完全に無駄な行動だったなと悟る事になった。あの男はしつこい。それからもうかなりの時間が経過している。だが今もこの無意味なやり取りは続いていて、すっかりクロコダイルのルーチンワークになってしまっていた。
そもそもあいつを自分のテリトリーへ踏み込ませたくはないし、顔も見たくない。殺してやろうと考えた事もあった。しかし二人とも七武海同士。今揉め事を起こせば最悪の場合海軍に介入され、それをきっかけとして着々と進めているあの計画が露見してしまうかもしれない。
悔しいが無傷で奴を抹殺できるとも思えない。もちろん負けるつもりもなかったが。
そして以外な事にあの男は鬱陶しいだけで特に悪さをする訳でもなかった。秘密を握られそれをネタに脅したり喧嘩を吹っかけてきたりくらいはするだろうと思っていたのだが、幾度来訪を重ねてもデスクの向かいにあるソファに座って延々とくだらない近況を語り、その後に寒気のする薄っぺらい愛を囁き、それにも飽きたら指輪を手渡してそれが砂に変化していく様を笑いながら眺めて上機嫌で帰っていく。そんな言動を毎回繰り返すだけだった。
限りある時間を効率よく使いたいクロコダイルにとって男は確かに邪魔な存在ではあったが、葬り去るリスクを考えると現状維持する方がまだマシだと思えた。
相手にしなければいい。ただ贈られる石を砂にして少しでも財力を削ってこの鬱憤を晴らしてやれれば我慢できるレベルだ。計画を実行するまでの辛抱。その時までこの無意味な関係は変わらない。クロコダイルはそう思っていた。