地味にシリーズ化。
単発で読んでも問題ありませんが、シリーズを通して読むとより良い効果が得られます(?)
注文の無い料理店.1
注文の無い料理店.2
注文の無い料理店.0
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いつか遠い未来かも知れない場所で
出逢える日を待っていたよ
たとえ君が僕を覚えていなくとも
その時には笑顔でいられるように
町外れの小さな公園で、少年が鳩に向かって叫んでいた。
意味の無い声で、心を吐き出すように叫んでいた。
シーソーの端に立って叫ぶ少年を、蓬髪の男は見ていた。
注文の無い料理店
menu.3
〜トマトケチャップのオムライス〜
喉が枯れて声が掠れて、少年はようやく叫ぶのを止めるとシーソーの上でしゃがみ込んだ。
溢れる涙が頬に落ちる前に、トレーナーの袖で乱暴に拭う。
簡単に泣くんじゃない、男なんだから。
そう叱咤する幼なじみを思い浮かべて自分を奮い立たせようとするが、溢れる涙は一向に止まらない。
どうすればいいんだろう。
ボクはどうすればいいんだろう。
どうしようもない感情を唸り声に変えて、枯れた喉から絞り出した。
ひりひりと喉は痛む。
唾液も出ない程に、口の中はからからだ。
溢れる涙を拭うのが追い付かず、しまいには立てた膝に顔を埋めた。
小さく縮こまり、耳を塞ぐ。
荒れる呼吸を抑えて、少年は世界を遮断したかった。
どれくらいそうしていただろう。
多分、数分の事だったと思う。
ぎし、と音を立ててシーソーが揺れた。
そのまま、少年を乗せたシーソーが持ち上がる。
驚き、後ろにひっくり返りそうになる体を支えて振り返ると、反対側の端に猫背の後ろ姿が座っていた。
誰だろう?
少年は考えた。
普通、人が座ってるシーソーに敢えて座る人なんているだろうか。
子供が遊びに誘うならまだしも、その男はまるで、ベンチがそこに在ったから、と言う体で座っている。
警官かな。
少年は考えた。
まだ子供は学校にいる時間だ。
補導されるかも知れない。
少年は少し身構えたが、よくよくその後ろ姿を見て考え直した。
少し着崩された白いシャツ。
黒いズボンに、長めの腰巻きエプロンを付けている。
目を引くのは無造作に括られた髪の毛だ。
鳥の巣のように方々に跳ねている。
多分、自分よりも彼の方が不審者に近い。
誰だろう。
少年はまた考えた。
少年が気にしているのを知ってか知らずか、男は素知らぬ態度で空を眺めている。
釣られて見上げた空は憎らしい程に青い。
止まっていた涙が、またじわりと滲んできた。
「なぁ、少年や。金星ってどっち?」
ふいに猫背の後ろ姿が喋った。
「……は?」
その言葉がとっさに理解出来ず、少年は呆けた声を出した。
男は片手で低くなった日差しを遮り、空を見ている。
「お前さんになら見えるんじゃないかと思って」
妙に親しげに、男は言った。
しかし、宵の明星が見えるにしても、まだ時間が早すぎる。
「……見えないよ。昼間に星なんか見える訳ないよ」
「そっかー」
さして残念でも無い風に男は言った。
傍らに置いていたスーパーの白いビニール袋を持ち、男が立った。
同時に少年の座っていた側がガクンと下がる。
あっ、と思って少年はシーソーから飛び降りた。
「よぉ、少年」
いつの間にか目の前に来ていた男を見上げて、少年は思った。
何かこの人胡散臭いや、と。
「……知らない人についてっちゃいけないって言われてる」
「いーから、いーから」
男に手を引かれた少年は困ったように言うが、男は楽しそうに笑いながら足を早めた。
公園から数分歩き、着いた先は小さなカフェのようなレストランだった。
小さめの扉を男が開くと、ふわりと良い香りが漂った。
男の背中で店内は見えないが、こぢんまりとした清潔な様子が窺える。
「ただいま!」
店の奥に掛けられた男の声に、間髪入れず、遅い、と文句が返ってきた。
「玉ねぎ一袋買うのに何分掛かってんだ」
落ち着いた低めの声が静かに非難したが、男はひらひらと手を振った。
「ごめんってー。お客さん連れてきたから許して」
え、と少年は目を剥いた。
「ボ、ボク、お金持って無いよ!」
「大丈夫よ。今日はおっさんの奢りね」
ウインクをした男に背を押され、少年は店内に入った。
外見から想像したよりも店内は狭かった。
厨房と思しきドアの前に一人の青年が立っている。
怒っていた顔は、少年と目が合い、僅かに目が見開かれた。
眠たげな猫が何かに驚いたような、そんな感じだった。
白い調理服を着た青年はこの店のシェフだろうか。
微妙な間に考えた少年は所在無げに頭を下げた。
「えっと、こんにちは……」
「……好きな所に座れ」
くるりと背を向けて青年は厨房に入った。
後ろで一つに括った黒髪が翻るのを少年は見送った。
「悩んでる時は美味しいもの食べるのが一番よ。てな訳で、今日のメニューはオムライスね」
「え?何でオムライス?」
「好きでしょ?」
「好きだけど……」
オムライスなんて子供っぽい、とは言えず、オムライスが本当に好物だとは尚更言えなかった。
暫くしてテーブルに並んだのは3人分のオムライスだった。
「いやー、お昼ご飯まだだったのよねー。あ、でもまかないって訳じゃないから安心してね」
カトラリーレストにスプーンを置きながら、男は屈託無く笑った。
「お前には玉ねぎ抜きな」
言いながら青年は、一見すると他と変わらないオムライスを床に置いた。
前にはいつの間にか青い子犬が座っている。
子犬はちらりと少年を見て、また視線をオムライスに戻した。
うずうずと小さな体躯が揺れている。
早く食べたいのを我慢しているようだ。
「ほい、ケチャップ。何描く?星?ハート?」
「え?」
「オムライスって言ったらケチャップでお絵かきでしょ。うちのお手製ケチャップ美味しいわよー。好きなだけ掛けな」
「……うん」
赤いケチャップがたっぷりと入ったプラスチック容器を受け取り、少年はしばし思案した。
今より幼い頃は、喜んで色々書いていた気がする。
書くことに夢中で皿中がケチャップだらけになり、怒られたりもした。
今はもう、怒ってくれるような人もいないけど、好きに描いても良いのかな。
少年は視線を下ろして、飼い主からの良しの号令を待つ子犬を見やった。
「おぉー」
横から覗き込んだ男が感嘆の声を上げる。
少年のオムライスには、ちょこんと座る子犬の姿が描かれていた。
細部の特徴を捉え、今にも土台のオムライスに食らいつきそうだ。
「上手いもんねー。将来は絵描きさん?」
男の率直な誉め言葉に照れて、少年ははにかんで頭を掻いた。
「絵描きなんて、そんなの無理だよ。なれっこないよ」
「願いは持ち続ければいつか叶うものよ。おっさんは何描こっかなー」
子供のようにグリグリとケチャップで殴り書き、出来に満足したらしい男は、青年とケチャップ画を見比べて、似てる!超そっくり!(どうやら青年を描いたつもりらしい)と騒いでいたが、少年には何が描いてあるのかまるで分からなかった。
「いただきます」
3人で手を合わせ(同時に足元で子犬が吠えた)、少年はスプーンをオムライスに差し入れた。
ライスを巻いているのは綺麗な黄色の薄焼き卵。
ケチャップの酸味が丁度良いアクセントになっている。
「どう?おいしい?」
それは、あまりにも懐かしい味で、頭の中の靄が一息に晴れていった。
「おいしい。おいしい、よ」
懐かしくって、悲しくって、嬉しくって、おいしいよ。
枯れたと思った涙が頬を伝ったが、さっきまでのそれとは、温度が違っていた。
なにやら吹っ切れた様子の少年を見送り、男と青年は食後のコーヒーを淹れた。
腹が満たされた子犬は定位置である隅のクッションで丸まっている。
平日の昼間は暇だしと、片付けを後回しにして男は朗々と笑う。
「いやー、見たかったのよねー」
「何が?」
「少年のケチャップアート」
ああと、青年は少し笑んで頷いた。
あの時も器用にラピードとゴーレムを描いた事を思い出しながら。
...RISTORANTE Vesperia...
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